Character 02
古い祈り
夜。
軍宿舎の窓は閉じられている。
外の灯りは遠い。
机のランプだけ。
ランスは書類を揃え、
椅子の背にもたれた。
部屋は静かだ。
エレインがソファに座っている。
膝の上に布。
細い針が、布をゆっくり行き来する。
白い糸が、小さな模様を形にしていく。
ときどき、彼女の唇が動く。
声というほどでもない。
息に近い響き。
「かぜ ひかり」
針が静かに進む。
「あめ しずく」
ランスは視線を上げた。
何も言わない。
その言葉を、彼は知っていた。
幼い頃、家の祈りの間で聞いた。
祖父が低く唱えていた古い祈句。
呼吸のように続く言葉。
エレインの声が小さく流れる。
「しずく おちて
つち ひらく」
針が布を抜ける。
糸がわずかに光る。
部屋の空気がゆるやかに整うのを、
ランスは感じた。
魔術ではない。
結界でもない。
けれど、空気が静まる。
「かぜ めぐり
ひかり さす」
ランスは目を閉じた。
この言葉は祈り。
そして、もっと古いもの。
エレインの針が止まる。
「みず しずみ
みず めぐる」
しばらくして、
彼女はまた糸を動かした。
ランスはただ聞いている。
部屋の灯りの下で、
言葉が続く。
「あめ ふりて
あめ やみ」
風が窓を撫でた。
エレインの声が、
さらに小さくなる。
「かぜ とおる」
糸が最後の一針を通る。
彼女は針を置き、
布を膝で整えた。
「ひかり
ひかり」
声が空気に溶ける。
ランスはゆっくり目を開く。
エレインは窓の方を見ている。
最後の言葉が落ちた。
「ここに
しずかに
ある」
彼女は黙った。
机の灯りが揺れ、
二人の影が床に落ちている。
古い祈りが、
そこに残っていた。