Character 10

魔術資料室

 軍施設の奥、魔術資料室。  夜はもう遅く、廊下の灯りも半分ほど落とされている。  重い扉の向こうには、静かな空気がたまっていた。  高い書架。  革表紙の記録束。  小さな閲覧机がいくつか。  灯りは机ごとに置かれているだけで、部屋の奥はほとんど影だ。  ランスは中央の机で書類を広げていた。  第三中継塔の報告。  古い結界記録。  座標の修正。  紙を一枚めくる。  ペンで短く印をつける。  それだけの音が、静かに続く。  向かいの机では、カーティスが椅子を後ろに傾けていた。  片手に本。  もう一方の手で、眼鏡を少し押し上げる。  軍の記録ではない。  外国の魔術理論の翻訳本。  ページをめくる音が、たまに鳴る。  彼はランスをちらりと見た。  また資料室にいる。  いつも通りだ。  何も言わない。  しばらくして、扉が静かに開いた。  白い影が入ってくる。  エレインだった。  軍服ではない。  柔らかい白いワンピース。  長い袖。  髪はほどいたまま。  手に一冊の古い本。  彼女は二人に気づくと、少し驚いた顔をした。  それから小さく頭を下げる。  「……こんばんは」  カーティスが笑う。  「ここ、夜になると集会所になるな」  エレインは困ったように微笑む。  「そうなんですか?」  「今日が三回目だ」  エレインは奥の書架へ歩いた。  古い棚。  祈句や儀礼書がまとめられている場所。  指で背表紙をなぞる。  一冊抜き取る。  薄い写本。  彼女はそれを抱えて席に戻った。  ランスは顔を上げる。  白い服が灯りに淡く映っている。  「着替えたのか」  「はい」  エレインは素直に頷く。  「この部屋、静かなので」  それ以上は説明しない。  机に本を置く。  ページを開く。  紙は古い。  端がわずかに波打っている。  エレインは指で文字をなぞった。  声には出さない。  ただ、口がわずかに動く。  カーティスが横目で見た。  「祈句?」  エレインは頷く。  「古いものです」  「研究?」  「……好きなんです」  それだけ言う。  ランスはまた書類に目を落とす。  ペンの音。  ページをめくる音。  遠くで風が廊下を通る。  エレインのページが静かに進む。  時々、指が止まる。  言葉を確かめるように。  しばらくして、カーティスが本を閉じた。  伸びをする。  「夜勤みたいだな」  ランスは顔を上げない。  「違う」  「違うか」  「任務だ」  「資料室で」  「資料確認だ」  カーティスは笑う。  エレインは二人の会話を聞きながら、本を閉じた。  窓の方を見る。  外は暗い。  灯りが遠い。  彼女は小さく息を吐く。  ページをめくる音が、ときどき重なった。
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