Character 12

刺繍

 夜の談話室。  灯りは一つだけだった。  机の端で、カーティスが本を読んでいる。  紙の端を指で押さえ、静かにページをめくる。  向かいの椅子に、エレインが座っていた。  膝の上に布。  針が、ゆっくり動く。  濃紺の糸。  小さな星。  その下に、細い線。  カーティスは本から視線を上げる。  少しだけ。  エレインは布を見ている。  真剣な顔だった。  針が布を抜ける。  線が中央へ降りる。  その下に半円。  さらに波。  カーティスはもう一度見る。  今度は、少し長く。  星。  線。  円。  波。  どこか整いすぎている。  ページをめくろうとして、指が止まる。  また布を見る。  エレインは気づいていない。  針を動かしている。  カーティスは黙って本を閉じた。  椅子にもたれる。  もう一度だけ布を見る。  そして、ゆっくり額を押さえた。  少しの沈黙。  エレインが顔を上げる。  「どうしました?」  カーティスは手を離す。  少しだけ笑う。  「……いや」  布を見る。  もう一度。  星。  線。  器。  波。  視線を外す。  「趣味か?」  エレインは頷く。  「はい」  それだけ言って、また針を動かす。  カーティスは椅子に深く座る。  天井を見る。  小さく息を吐く。  そして、もう何も言わなかった。  ***  扉が静かに開いた。  濃紺の軍服が、灯りの縁に入る。  ランスだった。  カーティスは椅子に深く座ったまま、そちらを見る。  ランスは一度だけ室内を確認する。  灯り。  机。  人。  それから、エレインの膝の上へ視線が落ちる。  布。  星。  線。  円。  波。  ランスの歩みが止まる。  数秒。  エレインは気づかない。  針を動かしている。  糸が布を抜ける音。  カーティスが言う。  「……見ろ」  ランスは何も答えない。  ただ布を見る。  少し近づく。  机の端で止まる。  配置をもう一度見る。  起点。  流入。  受容。  循環。  沈黙。  エレインが顔を上げる。  「隊長」  ランスは頷くだけだった。  「何を刺している」  エレインは布を見る。  「星と水です」  ランスは少し考える。  布を見る。  カーティスは腕を組む。  「……俺は知らん」  ランスは答えない。  視線はまだ布にある。  やがて言う。  「それ」  エレインが首を傾ける。  「はい?」  ランスは少し言葉を選ぶ。  「配置」  エレインは布を見る。  「整っていますか?」  ランスは短く頷く。  「整っている」  また沈黙。  ランスは椅子を引き、座る。  それから静かに言う。  「……術ではない」  エレインは針を止める。  「はい」  ランスは続ける。  「だが」  少し間がある。  布を見る。  「場合によっては」  そこで言葉が切れる。  「――場を整える可能性はある」  カーティスは額を押さえた。  「お前もそう思うか」  エレインは布を見る。  星。  線。  器。  波。  少し考える。  それから言う。  「きれいだったので」  ランスは小さく頷く。  「そうだろう」  それ以上は何も言わない。  しばらくして、ランスは付け足す。  「……自室に置け」  エレインは頷く。  「はい」  また針が動く。  糸が布を抜ける。  ランスはそれを見ている。  カーティスは天井を見る。  そして静かに呟いた。  「……談話室じゃなくてよかった」
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