Character 16

軍服

 軍需技術局・第三製造区画。  一般の魔術装備とは隔離された、半地下の作業室。  静音結界の中で、細い振動だけがかすかに残っている。  「……無理だろ、これ」  若い技術士が、布台の上に広げられた素材を見下ろした。  濃紺の軍用基布。  見た目は規格通り。  だが、触れた瞬間に分かる。  “普通ではない”。  「報告書、見ただろう」  隣で、年長の技術士が言う。  「中佐用。第三層まで封止。外殻強度、通常の三倍」  「三倍って……」  若い技術士は針を持ち上げる。  刺す。  ──跳ね返る。  「……いや、嘘だろ」  もう一度、角度を変える。  力を少しだけ乗せる。  刺す。  ──通らない。  「通らないっていうか、拒否されてるんですけど」  「通そうとするな。合わせろ」  「合わせろって、何にですか」  「本人だ」  若い技術士は無言になる。  「規格じゃ駄目なんですか?」  「駄目だ」  即答だった。  「規格で通すと、あれは外に出る」  「……あれって言い方やめてもらっていいですか」  年長の技術士は布から視線を外さない。  「実際に見ただろう」  若い技術士は、少しだけ黙る。  思い出す。  採寸ではない。  “確認”。  あの場に立った瞬間、  空気が揃っていた。  何も起きていないのに、  逸脱が許されない感覚。  「あれに合わせないと、服のほうが壊れる」  「……はい」  若い技術士は、針を置いた。  「じゃあ、これはどうするんですか」  「固定する」  「縫うんじゃなくて?」  「縫うな」  短い指示。  若い技術士は、ゆっくりと息を吐いた。  「……服じゃないですね、これ」  「最初からそうだ」  布の表面に、細い線が引かれる。  針ではない。  導線。  位置を決める。  ずれないように。  空間ごと押さえ込むように。  「これで外に出ない」  「……出たら?」  「そのときは服の問題じゃない」  軽く言う。  笑っていない。  ***  別室。  同じ濃紺の素材が、布台に広げられている。  「こっちは、もっと無理だろ……」  若い技術士が、ため息をつく。  「刺してみろ」  言われて、針を当てる。  刺す。  ──入らない。  というより、  触れた瞬間に“逃げる”。  「え、ちょっと待ってください」  「逃げましたよね、今」  「そうだな」  年長の技術士は頷く。  「固定するな」  「いや固定しないと縫えないじゃないですか」  「縫うな」  また同じ言葉だった。  「……これも服じゃないですね」  「だから最初からそう言ってる」  紺の布は、静かに流れている。  触れれば、わずかに沈む。  空気のほうが、それに合わせて揺れる。  だが形は崩れない。  「これ、どうするんですか」  「同調させる」  若い技術士は顔を上げる。  「同調って」  「本人に合わせる」  「いや、それさっきも聞きましたけど」  「意味が違う」  短い沈黙。  年長の技術士が続ける。  「こっちは、合わせないと消える」  「消える?」  「布のほうが、だ」  若い技術士はしばらく黙る。  それから、ぼそりと言う。  「……規格ってなんでしたっけ」  年長の技術士は、わずかに息を吐く。  「他の連中のためのものだ」  ***  確認室。  二着の軍服が並べられている。  どちらも、濃紺。  だが、  触れたときの応答が違う。  同じ軍服なのに、  まったく同じではない。  「……これでいいのか」  若い技術士が言う。  「いい」  年長の技術士は頷く。  「これじゃないと、収まらない」  それだけだった。  若い技術士も、黙って頷く。  理由は説明できない。  だが、  それ以外の形では、  どこにも収まらないことだけは分かる。  室内は静かだった。
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