Character 18

境界が続かない夜

 夜。  宿舎の室内は、静かに沈んでいる。  灯りは落としてある。  窓からの光だけが、薄く残る。  エレインは、床に近い位置にいた。  呼吸が、わずかに乱れている。  抑えきれないほどではない。  だが、均一ではない。  内側で、何かが揺れている。  輪郭が、少しだけ曖昧だ。  「……隊長」  声は低い。  扉の向こうで、気配が止まる。  一拍。  開く。  ランスが入る。  音は立たない。  空気だけが、わずかに変わる。  視線が落ちる。  エレインを見る。  崩れてはいない。  だが、保ちきれていない。  ランスは近づく。  距離が縮まる。  触れない。  その手前で止まる。  空気が、重なる。  エレインの呼吸が揺れる。  それだけで、内側が反応する。  「……少し、近いです」  言葉は整っている。  だが、遅れている。  ランスは答えない。  指先が動く。  手袋の留め具。  外す。  わずかな音。  その瞬間。  エレインの肩が揺れる。  空気が、変わる。  裸の指先が、触れる。  直接ではない。  皮膚の表面。  その、さらに奥。  境界が、ほどける。  呼吸が一拍、落ちる。  身体が、軽くなる。  支えが消える。  そのまま、引き寄せられる。  逃げない。  拒まない。  ただ、境界が続かない。  肩が触れる。  温度が重なる。  どちらのものか分からない。  エレインの指が、ランスの腕に触れる。  触れた瞬間、流れが開く。  内側が、通る。  深いところから、上がってくる。  止まらない。  ランスの掌が、静かに押さえる。  圧が入る。  崩れない。  だが、閉じない。  その間。  「……ここ、です」  声がかすれる。  位置の報告。  だが、それ以上でもある。  ランスはわずかに息を吐く。  距離を詰める。  額が、触れる。  それだけで、十分だった。  流れが整う。  内側が満ちる。  溢れない。  保たれる。  エレインの呼吸が、戻る。  深さが、静まる。  輪郭が戻る。  だが、完全には分かれない。  同じ位置に、まだ残っている。  ランスは手を離さない。  必要がなくなるまで。  そのまま、維持する。  時間は測らない。  ただ、崩れないことだけを確認する。  やがて、エレインの肩の力が抜ける。  呼吸が揃う。  完全ではない。  だが、安定している。  「……戻りました」  小さな声。  ランスは、ほんのわずかに手を緩める。  距離が、戻る。  だが、何かが残っている。  消えない。  エレインは目を閉じる。  内側に、同じ座標がある。  離れても、切れない。  それだけで、十分だった。
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