Fragment 10
王立大学 第三講義室
午後三時。
石造りの講義棟。
高い窓から、斜めの光が差し込んでいる。
黒板の前に立つのは、灰色の上着に銀縁眼鏡の男。
「本日のテーマは、魔術師制度の変遷と人権概念の衝突です」
声は穏やかで、抑揚は少ない。
学生は三十名ほど。
法学や政治学、歴史学など、
国家制度に関心を持つ学生たちだ。
軍服はいない。
彼は黒板に三つの語を書き出す。
・神格化
・国家管理
・個人権利
「百年前、魔術師は宗教的象徴でした」
チョークが止まる。
「象徴は保護されますが、同時に拘束されます」
教室は静かだ。
彼は続ける。
「国家管理体制への移行は合理化でした。
しかし合理化は、個を機能へ還元します」
学生の一人が手を挙げる。
「では現在の制度は、改善されたと言えますか」
アルヴィンはすぐには答えない。
数秒、考える。
「部分的には」
曖昧だが、逃げてはいない。
「象徴から機能へ。
機能から契約へ。
現在は、契約的枠組みの途上にあります」
黒板に「契約」と書く。
「魔術師は国家の資産か。
それとも国家と契約する個人か」
ざわめきが起こる。
軍では、この問いは立てられない。
彼は穏やかに言う。
「私は結論を提示しません。
資料を読み、自ら整理してください」
別の学生が問う。
「博士は、魔術師ですか」
教室に軽い緊張が走る。
アルヴィンは小さく笑う。
「登録上は、そうです」
「では、ご自身の権利はどうお考えですか」
彼は眼鏡を押し上げる。
「私は研究職です。
実務から距離があります。
だからこそ、この問いを扱える」
軍属にはできない。
制度の内側にいながら、
制度を批判的に読む。
彼は板書を続ける。
「歴史を読む際に重要なのは、
正義の側に立つことではありません」
一拍。
「構造を理解することです」
教室が静まり返る。
***
講義後。
学生が数人、質問に来る。
「博士、聖堂儀礼と国家管理の接点は?」
「資料室の第三列を見てください」
「魔術師の強制登録制度は合法ですか」
「合法と正当は異なります」
答えは簡潔。
感情を煽らない。
だが、問いを残す。
***
廊下を歩きながら、
彼は手帳に何かを書き留める。
講義は彼にとっても観測だ。
若い世代が、どこで思考を止めるか。
どこで疑問を持つか。
魔術を振るわない。
ここで行われているのは
別種の力の運用。
軍は守る。
彼は問う。
講義室の扉が閉まる。
灰色の背中は、
聖堂でも軍でもなく、
研究所の回廊へ消えていく。