Fragment 11
聖堂外郭 古式術式資料庫
石造りの回廊。
蝋燭の光が低く揺れている。
聖堂儀礼学派の長老と、
灰色の上着を着た理論官。
向かい合う。
「博士、あなたは古式術式を“構造”で読むと言う」
長老の声は落ち着いている。
「ええ」
アルヴィンは穏やかに頷く。
机上には、羊皮紙に記された古式陣図。
象徴。
祈祷文。
複雑な幾何学。
「これは祈りの器だ」
長老は言う。
「古い共鳴を呼び戻すための」
アルヴィンは否定しない。
ただ、陣図の一点を指す。
「この交点ですが」
「うむ」
「振動収束のための緩衝層ではありませんか」
長老は一瞬、沈黙する。
「緩衝?」
「ええ。
祈祷文は意味を持つ。
しかし配置は物理です」
長老の目が細くなる。
「博士は、祈りを排除するのか」
「いいえ」
即答。
「私は、成立条件を探しているだけです」
回廊に沈黙が落ちる。
蝋燭がわずかに揺れる。
***
長老は古い記録を開く。
「この術式は、百年前に女性共鳴者が用いた」
アルヴィンは視線を上げる。
「記録は読んでいます」
「あなたの教え子と、似ているのではないか」
問いは穏やかだが、重い。
アルヴィンは少し考える。
「似ている部分はあります」
「ならばこれは、巡りではないのか」
アルヴィンは首を横に振らない。
肯定もしない。
「共鳴条件が同じであれば、
同様の術式が再現される可能性があります」
長老は微かに笑う。
「すべてを再現性で語るのだな」
「可能な限りは」
「不可能な部分は?」
アルヴィンは陣図から目を離さない。
「保留します」
その一言に、長老は声を立てて笑う。
「あなたは面白い」
***
しばらくして、長老が言う。
「あなたの教え子は、ここで祈る」
「知っています」
「あなたは祈らないのか」
アルヴィンは静かに答える。
「私は観測します」
「祈りは観測できるのか」
「現象としては」
長老は深く頷く。
「信じぬのに、否定もしない」
「信じることは、研究の前提にはしません」
「だが軽んじてもいない」
アルヴィンはわずかに微笑する。
「軽んじると、構造を誤ります」
***
話題が戻る。
「古式術式は、現代軍式とは違う」
長老が言う。
「軍式は効率だ。
古式は均衡だ」
アルヴィンは同意する。
「軍式は切断的です」
「切断?」
「内外を明確に分ける。
高出力向きです」
ランスの実験波形が、彼の頭をよぎる。
圧縮。
境界の固定。
「古式は?」
長老が問う。
「混合的です」
アルヴィンは答える。
「境界を緩める」
エレインの沈降が思い浮かぶ。
長老はゆっくり言う。
「あなたは両方を読む」
「両方とも、同じ基底に立っているはずです」
「祈りも、か」
アルヴィンは視線を上げる。
「もし長く残っているなら、
基底構造を持つでしょう」
長老は再び笑う。
「博士、あなたは祈りを構造に還元しようとしている」
「還元ではありません」
一拍。
「接続です」
***
回廊の外で、夕光が石壁を染める。
聖堂と国家。
祈りと理論。
対立ではない。
隣接。
長老は言う。
「あなたのような者は珍しい」
「どこにも属していませんから」
「属さぬ者が、橋を架ける」
アルヴィンは否定しない。
ただ陣図を閉じる。
彼の関心は、信仰でも権威でもない。
古式術式が、
どのような条件で成立し、
どの層に作用しているのか。
それだけ。
回廊を出る背中は、地味だ。
だが、聖堂の者も、軍の者も、
彼を「博士」と呼ぶ。