Fragment 12

冬至記念式典

 王宮大広間の一角。  壁際の灯の下で、軍服の将官と政府の官僚が向かい合っていた。  将官がグラスを置く。  「今年の予算案、拝見しました」  「ええ」  官僚は穏やかに頷く。  「陸軍の装備更新が見送られている」  「財政の都合です」  短い沈黙。  官僚は静かに付け加える。  「削減ではありません。調整です」  将官が小さく笑う。  「現場では削減と言います」  遠くで音楽が流れている。  官僚は肩をすくめた。  「財政というものは、戦場ほど単純ではありません」  「戦場も単純ではない」  将官はグラスを軽く回す。  「……結界維持費は増えている」  官僚は即座に答えた。  「削れません」  一拍。  「国家の外郭そのものですから」  将官が肩をすくめる。  「つまり兵士より壁が優先された」  官僚は首を振る。  「兵士は補充できます」  そして静かに言った。  「結界は替えが利きません」  その言葉に、将官は小さく笑う。  「政治的判断だな」  「国家運営です」  官僚は穏やかに答えた。  ***  少し離れた場所。  白衣の聖堂司祭と、古い家系の貴族が並んでいた。  「今年の春分儀礼は、随分と人が集まりました」  司祭が言う。  貴族は頷いた。  「都市の人間も、ああいう日には山へ向かう」  「祈りはまだ消えていません」  司祭の声は静かだった。  貴族は遠くを見る。  大広間の中央。  軍の礼装の男と、銀髪の女性が、  人々と静かに言葉を交わしている。  「……あの娘ですか」  「ええ」  司祭が答える。  「共鳴者」  貴族は少し笑う。  「聖堂が欲しがる理由も分かる」  司祭は首を振る。  「欲しがってはいません」  一拍。  「ただ、見ているだけです」  ***  大広間の奥。  窓際の小さな円卓で、貴族院議員と政府の官僚が向き合っていた。  議員が静かに言った。  「最近の政治は、制度ばかりになった」  官僚はグラスを置く。  「国家は制度で動きます」  議員は小さく笑った。  「国家は伝統で動くものだ」  官僚は否定しない。  ただ、静かに答える。  「伝統も制度の一部です」  短い沈黙。  楽団の音が遠くで揺れる。  議員が視線を中央へ向けた。  人の輪の中央に、軍礼装の男と銀髪の女性の姿があった。  「……魔術師が政治に近すぎる」  低い声。  「影響が強すぎる」  官僚は視線を動かさない。  「結界の時代です」  議員は眉をわずかに動かす。  「だから政治まで変えるのか」  官僚は静かに首を振った。  「政治は変わっていません」  一拍。  「前提が変わっただけです」  議員は中央を見たまま言う。  「魔術師が止まれば、政治は続く」  官僚はゆっくり答えた。  「結界が止まれば、政治も止まります」  議員はしばらく黙っていた。  ***  回廊に近い柱のそばで、若い警備士官が直立していた。  夜会の警備。  任務の一つだ。  軍服の裾は整えられているが、装飾はほとんどない。  そこへ、礼装の青年が近づいた。  胸元には小さな家紋。  貴族院議員の息子で、今は父の秘書を務めている。  「夜会なのに、仕事ですか」  青年が言う。  士官は短く答えた。  「任務です」  青年は少し笑う。  「やはり軍は堅い」  士官は否定もしない。  ただ視線を中央へ向けた。  青年も同じ方向を見る。  人々の輪の中に、二人の姿があった。  軍礼装の背の高い男。  銀の髪の女性。  「……あの方が」  青年が言う。  「ヴァレン隊長です」  士官が頷く。  しばらく黙って見ていた。  王族と言葉を交わし、  貴族院の老人と挨拶をし、  軍の将官とも短く話している。  動きに迷いがない。  青年が小さく言った。  「家柄も軍歴もある人は違う」  士官は少し考えてから答える。  「……そうですね」  叩き上げの士官から見ても、その立ち方は自然だった。  場の中心にいても、無理がない。  青年はもう一度中央を見る。  「ああいう人は、現場でも少ない」  士官が言う。  少し沈黙。  青年が笑う。  「なるほど」  視線を戻しながら言う。  「だから隊長なんですね」  士官は何も言わなかった。  ただ静かに、姿勢を正した。  ***  壁際。  魔術師隊の隊員が数人立っていた。  儀礼警備に見えるが、実際は結界の監視だ。  若い隊員が小声で言う。  「……また来た」  先輩が視線を動かす。  ランスがこちらへ歩いてくる。  「南側どうだ」  「安定しています」  短い報告。  ランスは頷く。  天井の結晶を一度見上げる。  それだけ確認して、また中央へ戻っていく。  若い隊員が言う。  「さっきまで王族と話してましたよね」  先輩が小さく笑う。  「そうだな」  少し沈黙。  若い隊員が言う。  「……隊長、普通にあっちにいるな」  「そりゃそうだ」  先輩が肩をすくめる。  「隊長も中尉も、貴族出身だからな」  若い隊員は少し驚いた顔をする。  「……そうだった」  ***  夜も更けたころ。  大広間の楽団の音が、少しだけ静まる。  人の輪がゆるやかに開き、王が歩み寄った。  深い青の礼装。  年齢は重ねているが、歩みは落ち着いている。  ランスが一歩前に出て敬礼した。  「陛下」  王は軽く手を上げる。  「今夜は客として招いたはずだが」  視線がランスの肩越しに大広間をなぞる。  結界灯。  天井の結晶。  壁際の警備配置。  それらを一度見てから、王は小さく笑った。  「どうやら警備の確認までしてくれているらしい」  ランスはわずかに姿勢を正す。  「……職務の癖です」  王は楽しそうに頷いた。  その視線が、隣に立つエレインへ向く。  銀の髪の魔術師は静かに頭を下げた。  王はしばらく彼女を見ていた。  それから穏やかに言う。  「結界は」  ランスが答える。  「安定しています」  王はゆっくり頷く。  「それは良い」  一拍。  窓の外の夜を見上げる。  冬至の夜は長い。  王は静かに言った。  「一年でいちばん夜が深い日だ」  それから二人を見る。  「だが、この国では」  わずかに笑う。  「夜も、きちんと守られているらしい」  ランスは何も言わない。  エレインはほんの少しだけ微笑んだ。
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