Fragment 15

首都の南の空

 首都の南の空は、ときどき光る。  軍の演習場があるからだ。  もっとも、普段はほとんど分からない。  音も届かない。  衝撃も来ない。  だから、演習場の方角を気にする人はあまりいない。  ただ、ときどき。  夜の空が、妙に明るくなることがある。  その日、パン屋の店主は裏庭で洗い物をしていた。  ふと、空が光った。  一瞬、昼のように白くなる。  すぐに暗く戻る。  店主は手を止めた。  「……お」  もう一度、光る。  今度は少し長い。  空の端が、淡い銀色に染まった。  店主は腕を拭きながら、家の中に声をかけた。  「おい」  台所から妻が顔を出す。  「なに」  「あっち」  妻が庭に出る。  ちょうどそのとき、また光った。  空の低いところに、光がゆっくり広がる。  雲の裏で、何か大きなものが光っているような光だ。  妻は少し黙って見てから言った。  「……本気じゃない?」  店主は頷く。  「本気だな」  通りの向こうでも、誰かが庭に出ていた。  隣の家の少年が柵に寄りかかり、空を見ている。  「あれ何?」  父親が言う。  「演習だ」  「花火?」  「違う」  父親は空を見上げたまま言う。  「もっとでかい」  また光った。  今度は長い。  空の端に、うっすら丸い影が浮かぶ。  巨大な膜のようなもの。  すぐに消える。  少年が言う。  「すげえ」  父親は笑った。  「今日は本気だ」  通りのあちこちで、人が空を見ている。  誰も騒がない。  ただ、少しだけ足を止めている。  遠くの南の空が、また銀色に光った。  店主は腕を組む。  「……魔術師隊か」  妻が言う。  「でしょうね」  しばらく黙って見ていたが、やがて妻が言った。  「まあ」  台所を指さす。  「明日もパン焼くんでしょ」  店主は笑う。  「そりゃそうだ」  空がもう一度光る。  だが通りの人々は、もう家に戻り始めていた。  今日の演習は本気らしい。  それでも、この町の夜はいつも通りだった。
← back