Fragment 18

西方海域の異邦術士

 西方海域の外れ、ヴァルディア王国軍の前線司令部。  石造りの会議室には、潮と革の匂いがこもっていた。  長机の上に広げられているのは海図と軍図。  その中央に、別の紙が重ねられている。  淡い線で描かれた、結界の構造図だった。  室内には数人の軍人と、政府の監察官、そして聖職顧問が座っている。  机の端に立つ男は、彼らとは明らかに違う空気をまとっていた。  褐色の肌。  黒い瞳。  光を吸うような黒い外套。  東方の言葉訛りが、わずかに残る声だった。  「……まず結論から申し上げます」  男は結界図の中央を指で軽くなぞる。  「カルナリア式結界は突破できません」  室内にざわめきが走る。  ヴァルディア軍の将官が眉をひそめた。  「貴殿は、それを調べるために雇われたのではないのか」  男は視線を上げない。  「はい。   その結果を申し上げています」  指先が、地図の上を静かに滑る。  「これは術式ではありません。国家構造です」  結界図の線は、海岸線と重なり、島々を結び、いくつもの柱へと繋がっていた。  「地形、海流、柱、位相。   それらが連動して一つの網を形成しています」  聖職顧問が低く言う。  「つまり、人の手で自然を縛っている」  男は否定もしなかった。  ただ静かに続ける。  「正面からは破れません」  軍人たちは黙った。  その言葉の重さを測るように。  やがて将官が口を開く。  「……では、我々は何もできないということか」  男はその問いに、わずかに首を振った。  黒い指が、海図の西端を指す。  小さな点。  アルカ島。  「完全ではありません」  指先が止まる。  「結界は強固ですが、均一ではない」  海図と結界図を重ねる。  「古い柱。   海流の干渉。   補修で維持されている場所」  室内の空気がわずかに動く。  「ここは――」  男の声は静かだった。  「保守で持っている」  軍人の一人が身を乗り出す。  「弱点か」  「いいえ」  男は即座に否定した。  「弱点ではありません」  視線が地図から離れる。  黒い瞳が、初めて将官たちを見る。  「揺れる場所です」  沈黙。  海の遠い音が、窓の向こうで鳴っていた。  男は続ける。  「結界は破れません。   しかし、圧力をかけ続ければ」  指先が、島の周囲をゆっくりとなぞる。  「補修が必要になります」  軍人たちは互いに視線を交わした。  「つまり」  将官が低く言う。  「カルナリアの魔術師を呼び出すことができる」  男は頷いた。  「ええ」  そして、もう一度アルカ島を見る。  「彼らは結界を守るために、必ずここへ来ます」  聖職顧問が腕を組む。  「……神の秩序に触れる者たちか」  男はその言葉には応じなかった。  ただ静かに言う。  「カルナリア式は破れません」  少し間を置き、  「ですが」  その黒い瞳が海図の上で止まる。  「揺らすことはできます」
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