Fragment 19

結界図の夜

 首都軍本部、結界監理室。  夜は深く、窓の外の灯りは遠く沈んでいた。  室内には紙の擦れる音だけが残っている。  長机の上には地図が幾枚も広げられていた。  配置図。  海図。  結界図。  それらの上に、細い青の線が幾重にも重なっている。  ランス・ヴァレンは机に片手を置いたまま、図面を見下ろしていた。  沈黙の時間がしばらく続く。  やがて扉が開き、カーティスが入ってきた。  「……まだ起きてたか」  「報告は」  ランスは顔を上げない。  カーティスは軽く肩をすくめ、机の反対側に立つ。  「西方海域。アルカ島の揺れは収まってない」  指で結界図の外縁をなぞる。  「ここと、南外環。周期的に触ってきてる」  ランスはようやく視線を動かした。  「柱を狙っているわけではない」  「いや」  カーティスは首を振る。  「柱じゃない。位相だ」  机の上の図に、小さく印が付けられている。  「補修の周期を見てる」  ランスの眉がわずかに動いた。  「……結界を理解しているな」  「そこまでじゃない」  カーティスは息を吐く。  「ただ、揺れる場所を知ってる」  沈黙。  窓の外で風が鳴る。  ランスは結界図を見たまま言う。  「アルカ島は古層だ」  「だからだよ」  カーティスが即座に答える。  「保守で持ってる」  指先が島の位置を叩く。  「完全な網じゃない」  ランスはしばらく考えた。  「亡命術士か」  「多分な」  カーティスは椅子に腰を下ろした。  「東か南の出だろう。カルナリアじゃない」  ランスは何も言わない。  ただ図を見ている。  やがて口を開いた。  「破る気はない」  「最初からな」  「揺らしている」  「そう」  カーティスは苦笑した。  「お前の仕事を増やすつもりだ」  ランスは反応しなかった。  しばらくしてから、静かに言う。  「西方の補修班を増やす」  「北は」  「削れない」  「東もだ」  「南は」  「南西を寄せる」  二人の視線が一瞬だけ交差する。  カーティスが言う。  「なら、首都魔術師隊を動かすしかない」  ランスはうなずいた。  「アルカ島は」  「持つ」  カーティスが答える。  「ただし」  彼は少しだけ目を細めた。  「向こうもそれを分かってる」  ランスは沈黙したまま地図を見つめている。  やがて小さく言った。  「……来るな」  カーティスが肩をすくめる。  「来るさ」  机の上の海図には、西方海域が静かに広がっていた。  青い結界線が、その外縁でわずかに揺れている。
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