Fragment 31
ヴァレン家
貴族院・西回廊。
夕刻。
式典後の空気が、まだ建物の中へ残っていた。
高い窓の外では、首都の結界光が淡く夜へ滲み始めている。
ヴァレンは廊下を歩いていた。
濃茶の礼装。
杖は持たない。
足音は静かだった。
そのとき。
「ヴァレン殿」
後ろから声がかかる。
振り返ると、貴族院議員が数名立っていた。
皆、少し興奮している。
戦後から、ずっとそうだった。
特にアルカ島以降。
「聞きましたよ」
「ご子息の件です」
「いやはや、まさか古層結界を」
「西方全域が安定したとか」
言葉が重なる。
ヴァレンは静かに一礼した。
「軍より正式報告は出ています」
「いや、それでも驚きますよ」
別の議員が笑う。
「ヴァレン家から、ああいう方が出るとは」
周囲も頷いた。
「完全に歴史へ残るでしょうな」
「首都魔術師隊の象徴です」
「女性高位との共鳴まで含めれば、もはや建国期以来の事例では?」
ヴァレンは静かに聞いていた。
表情は変わらない。
だが、数秒だけ沈黙が落ちる。
周囲も自然に声を落とした。
「……過分なお言葉です」
低い声。
いつも通り静かだった。
議員の一人が少し笑う。
「ご謙遜を。ご子息はカルナリア史へ残りますよ」
ヴァレンは答えない。
窓の外へ視線を向ける。
アルカ島。
その名が、ここ数ヶ月でどれだけ語られたか。
西方戦線。
結界再起動。
共鳴。
そして、ヴァレン隊長。
今では若い世代の多くが、
「ヴァレン」と聞けば、まず息子を思い浮かべる。
かつてなら、儀礼院だった。
聖堂祭式だった。
王宮礼法だった。
それが今は違う。
軍。
結界。
西方。
国家防衛。
ヴァレンは静かに息を吐く。
嫌ではない。
誇りでもある。
間違いなく。
だが同時に、奇妙な感覚が残る。
ランスは本来、家を継ぐ予定の人間ではなかった。
次男。
高出力。
制御不能。
軍管理。
あの頃は、ただ、国家へ預けるしかなかった。
家庭で抱え込める規模ではないと、本気で思っていた。
だから、手放した。
いや。
国家へ委ねた。
それが最善だと判断した。
ヴァレンは廊下の窓へ映る夜を見つめる。
結果として。
あの息子は、カルナリア史級の人物になった。
しかも、ヴァレン家の静けさを残したまま。
そこが、一番複雑だった。
議員の一人が笑いながら言う。
「しかし、あの静けさ。やはりヴァレン家の方ですな」
別の議員も頷く。
「ええ。あれは血筋でしょう」
ヴァレンは小さく目を伏せた。
数秒。
それから静かに言う。
「……軍の人間です」
その声は低かった。
だが否定ではなかった。
むしろ、どこか遠くを見るような響きだった。
周囲は少し黙る。
ヴァレンは再び歩き出す。
長い回廊へ、静かな足音が消えていった。
議員の一人が、その背を見送りながら小さく呟く。
「誇らしいのでしょうな」
もう一人が答える。
「でしょうな」
一拍。
「……少し、寂しくもあるのでしょう」