Fragment 32

前任隊長

 首都軍中央庁舎・上層会議室。    ランスとエレインのアルカ島派遣から二週間。    壁面には西海域の戦況図が投影されていた。    赤と青の表示が入り乱れている。    会議室の空気は重い。    西方戦線は膠着。    古層結界の再起動作業は継続中。    成功の保証はない。    議長が資料を閉じた。   「仮定の話だ」    低い声。   「ヴァレン中佐が戦線離脱した場合」    誰も反応しない。    反応する必要がなかった。    全員が一度は考えたことだった。   「首都結界は維持可能か」    視線が軍務課長へ向く。   「短期間なら可能です」    淡々とした返答。   「副長のハーウッド少佐が引き継ぎます」   「長期間は」   「難しい」    即答だった。    沈黙。    議長はゆっくり頷く。   「やはりそうか」   「ヴァレン中佐の権限と処理量は、現在の首都魔術師隊の中で代替がありません。  単純な出力の問題ではありません」    数名が頷く。    問題は統括能力だった。    結界網。    各地の観測。    魔術師隊全体の運用。    それらを同時に扱える者は限られている。    議長が腕を組んだ。   「ならば第二案だ」    その言葉で、数名の視線が自然に一人へ向いた。    会議室の奥。    腕を組んで座る男。    グラント准将――前任の魔術師隊長。    本人だけが気付いていないような顔をしていた。   「何だ」   「気付いているだろう」    軍務課長が苦笑する。   「気付いているが」    グラントは椅子へ深く背を預けた。   「その話なら必要ない」   「根拠は」   「ヴァレンが生きている」    室内が静まった。    グラントは続ける。   「アルカ島は厳しい」   「だが」    そこで一度言葉を切る。   「死ぬなら、もっと若い頃に死んでいる」    数人が顔を見合わせた。    軍務課長だけが笑いを堪えている。   「随分な評価だな」   「評価ではない」    グラントは鼻を鳴らした。   「事実だ」    短い沈黙。    やがて議長が口を開く。   「では、もし崩れたら」    その問いに、グラントは初めて真面目な顔になった。    視線が戦況図へ向く。    西海域。    アルカ島。    古層結界。    赤い表示。   「その時は」    低い声。   「俺が出る」    誰も驚かなかった。    その答えを知っていたからだ。    会議室は再び静まる。    議長は小さく息を吐いた。   「そうならないことを祈るか」   「祈る必要はない」    グラントは立ち上がった。   「ハーウッドがいる」    一拍。   「ヴァレンもいる」    そして。    ほんのわずかに口元が緩んだ。   「案外しぶといぞ。あいつらは」
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