Fragment 33
軍務課長
首都軍中央庁舎。
軍務課長の机には、朝から書類が積み上がっていた。
結界維持予算。
人員再配置。
戦後補償。
物資調達。
休職申請。
退役願。
会議資料。
会議資料。
会議資料。
軍務課長は黙って判を押していた。
「課長」
補佐官が扉を開ける。
「医務局です」
「どうぞ」
医務局の担当官が入室した。
分厚い資料を机へ置く。
軍務課長は嫌な予感がした。
大抵こういう予感は当たる。
資料の表紙を見た。
ランス・ヴァレン中佐。
目を閉じた。
「今度は何ですか」
「休んでいません」
「知っています」
「正常ではありません」
「それも知っています」
担当官は資料を開いた。
数字が並ぶ。
軍務課長は途中で読むのをやめた。
胃が痛くなるからだった。
「休ませてください」
医務局担当官が言う。
軍務課長は額を押さえた。
「休暇勧告は?」
「三回」
「結果は」
「自主的に結界監視室へ出勤」
軍務課長は天井を見た。
「……そうですか」
想定通りだった。
「命令が必要です」
「そうでしょうね」
短い沈黙。
医務局担当官が続ける。
「あとアルディア中尉です」
軍務課長はさらに嫌な予感がした。
「何ですか」
「生活圏が軍施設だけです」
「知っています」
「外出記録がありません」
「知っています」
「趣味は刺繍と植物栽培です」
「それも知っています」
担当官は真顔だった。
「もう少し生活していただきたいのですが」
軍務課長は椅子へ深くもたれた。
窓の外を見る。
首都カルナリア。
平和だった。
平和だからこそ、
こういう話が上がってくる。
戦争中なら後回しになった。
だが今は違う。
ようやく人間の話ができる。
「分かりました」
軍務課長は資料を閉じた。
「何とかします」
医務局担当官は安堵したように頷く。
退出。
静かになる。
軍務課長はしばらく動かなかった。
やがて小さく呟く。
「何とかするのは私なんだがな……」
誰もいない執務室に声が落ちた。
数秒後。
机の端に置かれた連絡端末へ手を伸ばす。
呼び出し先。
グラント准将。
画面の向こうで応答音が鳴った。
軍務課長は深く息を吐く。
「准将。ご相談があります」
『嫌な予感しかしないな』
「私もです」
『で?』
軍務課長は窓の外を見ながら答えた。
「ランス・ヴァレン中佐を休ませたいのです」
一拍。
『簡単だ』
嫌な予感が増した。
『好きな女のところへ放り込め』
軍務課長は静かに額を押さえた。
まだ説明を始めてもいない。